38/早川の動物図鑑1

早川の動物図鑑1

遠くから聞こえる「フィー」という鳴き声。息を潜め、耳を澄ます。「フィーヨー」という音が続く。9月半ば頃から聞こえ始めるシカの縄張り宣言だ。山の中を歩くとガサガサ、ガサガサと慌てて動く音。パキパキと枝が折れる音も続く。蹄で歩く時の特徴だ。離れていくその音から、荒い鼻息も聞こえる。イノシシだ。近くで寝ていたのだろう。きれいに割られたクルミや、穴のあいたクルミが落ちている。リスやネズミがかじった跡だ。ちょっとした音にふと歩みを止め、息を殺しながら周りを見回す。姿は確認できないが、近くに生き物がいる気配を感じる。
山深い早川町には数多くの野生動物が生息している。それぞれが関係しあい、一つの生態系をつくっている。人間もその中にいる。最近は、環境問題や生物多様性といった言葉がニュースで取り上げられることも少なくない。しかし、目の前にある自然を見ずにそれらを語ることはできない。早川の自然はどのようなものであるのか。今号では、早川にすむ野生生物を紹介しながら、自然と向き合い、自然といかに接してゆくかについて考えてみたい。

 

はやかわのとうげみち10

安倍峠(あべとうげ) 赤沢~春木川~大城~安倍峠~梅ヶ島温泉

安倍峠は、隣の身延町大城と、静岡市葵区梅ヶ島温泉との間にある峠だ。
梅ヶ島温泉は、おねしょに効く温泉と言われている。かつては、農閑期になると、赤沢などの集落から、小さい子どもがおじいさんやおばあさんに連れられて湯治に行ったそうだ。早川の先人は、自分たちの周囲の峠道だけでなく、こんなところにも遠征していたのである。
当時のコースをたどると、まず、春木川をさかのぼって、現在、早川と身延の町境になっている峰を越え、身延町大城に出る。そこからさらに安倍峠を越えると、梅ヶ島温泉にたどり着く。登ったり下ったり、子どもの足でよく歩いたものだ。現在は、国道52号線の身延町大城から林道が通っており、自動車で走行できる。
峠は、車道より少し低いところにあり、オオイタヤメイゲツという楓の林になっている。紅葉の時にはさぞかしきれいなことだろう。笹も茂っていて、往時も同じような景色だったのだろうと思わせる。峠から、滝などを途中に見ながら林道を下ると、ひなびた雰囲気の梅ヶ島温泉に着く。湯治の時は、1週間くらい滞在したという。歩きに歩いて湯治場にたどり着き、1週間ほど骨休め。そして、帰りもまた山道を登って下って…。湯治で吹き飛んだ疲れも、家に着いたら元通りになってしまいそう?!体を休めるために峠越え。早川の先人の健脚ぶりが身に沁みた。