感謝と充足に満たされる 労働歌 自分でつくるから愛着が湧く、知恵がつく


作業中にBGMを流すのは今も昔も変わらない。ただ違うのは、今は個々がポータブルプレイヤーなどでプロが作った曲を聴くのに対して、昔は自分達でつくった歌を皆で歌いながら作業をすることだ。

●堰堤建造時に歌われた労働歌

角瀬集落から七面山登山口のある羽衣集落までの道の途中にある、栃原堰堤(堰堤:砂防のための建造物)。昭和8年竣工という長い歴史と、その精巧なつくりで2010年に登録有形文化財に登録された。建設工事に当時、作業員として関わった望月けさ代さんに、作業現場で歌われていた砂防唄を紹介してもらった。

 

●栃原堰堤がもたらしたもの

石貼り粗石コンクリート造の栃原堰堤が作られてから77年。砂防技術は飛躍的に進歩した。早川流域にも、大きなものから小さなものまで数多くの堰堤が入り、土砂災害で大きな被害が出ることはほとんどなくなった。
角瀬の集落や七面山登山口周辺は、昭和の初めまではほとんど何もなかった。やがて角瀬には水田が開かれ、今では南アルプスプラザや南小学校・南保育所があり、旅館や土産物屋が並ぶ、賑やかな地域になっている。

●労働歌で仲間と苦楽を共にする

砂防唄からは、当時の工事の様子が見て取れる。当時はほとんどが手作業で工事が行われたそうで、それは大変な苦労だった事が伺える。
そんな苦労を紛らわし、皆で乗り越えるために歌うのだ。労働歌は仲間との絆を育んだり、人々が大きな作業に立ち向かうために必要なものだったと言えるだろう。

やまだらけ41号「栃原堰堤と砂防唄」より>